鼻クソみたいに個人的な話

「周囲の人間と同じであること」に安心感を覚えるのはよくある話で。

同じであることで得られる安心感は逆に、周囲も同じでありつづけることへの期待感も生み出す。人はそれを「同調圧力」と呼ぶ。

同調圧力

集団において、少数意見を持つ人に対して、周囲の多くの人と同じように考え行動するよう、暗黙のうちに強制すること。

同調圧力(ドウチョウアツリョク)とは - コトバンク


じゃあ「周囲の人間と違うこと」が素晴らしいか、というと、もちろんそんなことはなくて、というかそこは本質ではない。

世の中には逆に周囲の人間と違うことに安心感を覚える人間もいる。

かく言うぼく自身がその傾向があることに、気付いた。

これ認めるのすげぇイヤっていうか、自分のダサい部分のど真ん中だったりするんだけど。

 

大衆に迎合しないことをよしとする姿勢ってロックンロールだなァって自己陶酔しがちだけど、冷静に考えてダサいじゃないですか。

いや別にダサくてもいい。

周囲にダサいって思われたって、それはどうでもいい。

 

周囲の人間と違うことで得られる安心感 ⇔ 周囲の人間と同じであることで得られる安心感

 

真逆に見えるけど根っこは同じだよね。

「他人とくらべてる」っていう時点で。

 

他人とどれだけ違うかを熱弁してる人ってやっぱダサいじゃないですか。

そういうダサさはあんまりいただけないよね。

ていうか全然ロックンロールじゃないよね。へなちょこ

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なんつーか上に書いたようなことって、常識っていうか、当たり前のことだよなァ。

読んでくれた人の中には「こいつは至極当然のことを何さも真新しい発見かのように書いてるんだ」って思う人もいると思うのね。

まあその通りよね。ぐうの音も出ない。

 

ただ頭ではわかったつもりになっていたことが、自分ごととして腹落ちする瞬間てありません?

・人は皆死ぬ

・お金は大事

・健康第一

この手の普遍的真理ってあまりにも平凡で月並みでバカバカしくて、異論を挟む余地なんてないし、口にするのもしゃらくさいじゃないですか。

それが自分ごととして、表層的知識が実体験とバチコーンと結びついた時

わかったああああああああァァァッ!!!!!!

ってなる。

だから、これすごく個人的なコトなんです。

そんな個人的な体験をおずおずと文章にしてみただけなんだけどさ。(了)