空気は読めるけど地図は読めない男です

ぼくは方向音痴である。
本当にびっくりするほど、方向音痴だ。
地図もろくすっぽ読めない。
脳に欠陥があるんじゃないかというレベルで、とんちんかんなのだ。
それでも大学生から社会人になるにかけて、すこしはマシになった、と自認していた。
たとえば屋内のトイレに入って出てきた際、左右どちらに曲がればいいかわかるようになってきた気がする、くらいの鼻で笑っちゃうような理由だけど。
意識することでちょっとは改善してきた手応えを感じていた。
だがそんなものはまったくもって自惚れだった。
ぼくはその事実をUberEATSのドライバーをはじめて以来ひしひしと感じている。
UberEATSのアプリはGoogle mapと連携していて、まあ申し分のない精度の案内をしてくれている。
アプリのせいにするつもりは毛頭ない。
あくまでぼくの方向感覚の絶望的欠如に起因するものなのだ。
地図(アプリ)を見る。
自分のいる場所が点滅している。
毛細血管のように地上に張り巡らせられた東京の道々のその先に目的地が表示されている。
地図を見るたびに途方もない気持ちになる。
そんなときいつもぼくは「矢印の気持ちなって」考えるようにしている。
ぼくは地図に表示された矢印が自分だったらどこを向きどこに行きたいだろう、と。
これは文系脳の悲劇か。
ぼくは作者の気持ちを考える能力には長けている。
現代文の点数は学年一位をとれるくらいには優秀だった。
しかるに矢印の野郎の気持ちはとんと検討がつかない。
たぶん矢印はサイコパスなのだと思う。
いやそうとしか思えない。
ぼくは村上春樹だってドストエフスキーだって何度も何度も読み返して、それなりに理解をしてきた。
主人公たちの気持ちにシンパシーすら感じた。
ていうか現実世界においてもぼくコミュ力は人一倍あるほうだし、人見知りはしないし、いけ好かない人間とだってそれなりに合わせうまくやってきた。
そのぼくをもってしても、矢印の気持ちは1㎜も解せない。
結論:矢印はサイコパスである(了)
追伸:マジで方向音痴治療する方法をぼくに教えてください(土下座)