努力コンプレックス

ぼくは論理的思考能力だったり理解能力は人並み以上にある方だと自負がある。
誰にも負けない抜群の能力ってわけじゃなくて、平均よりは上かな?くらいのものだけど。
人の話はよく聞くし、話した内容を自分なりに消化(昇華)して、それなりに鋭い質問ができる方だと思っている。
だから「ガクくんて頭いいよね」と周囲から言われてきた。
ぼく自身も決して”頭が悪い”とは思わない。
が、しかし学校教育というフィールドにおいては全然そんなことはなかった。
あの決められた学習範囲を要領よく取り込み、テストのスコアをかせぐということがどうしてもできなかった。
ぼくなりに一生懸命取り組もうとはしたのだ。
だがどうしても宿題だのテスト勉強だのに集中して取り組むことはできなかった。
たぶんぼくが先天的にあたえられた知能は、偏差値で言うところの55くらいなのだと思う。
平均よりは上、というくらい。
なんの努力もしてこなかったおかげで学校の成績も、大学の偏差値もそんなもんだった。
だから勉強ができる人間というのを無条件に尊敬してしまう。
与えられた課題を要領よくこなし、テストというフィールドで結果を出してきた人間たちを。
かといって今までぼくが歩んできた道のりに後悔をしたり、否定するわけではない。
しかし「学校教育に本気でとりくめなかった」という事実は、ぼくが抱えるひとつの大きなコンプレックスとして、あるいは一生背負っていく気がしている。
単純な学歴コンプレックスというよりは(もちろんそれもゼロではないが)、勉強に全力投球できなかったということに負い目を感じている。
今後なにか寝食を忘れて取り組めるなにかを見つけることで、幼少期からくすぶらせてきたそんな気持ちも浄化されるのかもしれない。(了)