財布落としたけど返ってきたよー

先日財布を落とした。

人生3度目である。

 

1回目

北海道での学生時代、友だちと居酒屋に向かう途中に落とした模様。

後日現金だけ抜き取られて返ってきた。

 

2回目

宇都宮での学生時代、家と学校の間で落とした模様。

正直いつ落としたか記憶にないが、その家から引越す際も見当たらなかったから、通学中にでも落としたのだろう。

結局見つからずじまい。

 

3回目

今回。高田馬場から家まで自転車で帰る道中に落とした模様。

帰宅して見当たらないことに気付いて顔面蒼白になった。

 

しかも間の悪いことにその夜デートの約束があった。

キャッシュカードもクレジットカードもSuicaもぜーんぶ入ってたから、待ち合わせ場所にすら行けないっていうピンチ。

仕方がないから相手に謝ってリスケしてもらった。

でも相手がスーパーいい人で

「大丈夫?一緒に探そっか?なんならお金貸すよ?」

とまで提案してくれてもう、ほんとね…。

相変わらずTinderで知り合った子で、会ったことすらないぼくなのに、そんな優しい言葉をかけてくれるとはなんていい子なんだ…と涙がでるかと思った。

さすがに申し訳ないから断ったけれども。ありがとね、ほんと。

 

家の周りを探し回ったけど見つからないからとりあえずクレジットカードとキャッシュカードの停止&再発行手続きを済ませた。

その時点で夜10時を回っていて。

警察に紛失届を出したくて、もう閉まってるかなあとダメ元で電話かけたらまだ大丈夫だった(っていうか24時間いるらしい)から、紛失届を出しに最寄りの交番まで足を運んだ。

 

・財布(ランド:bellroy、外側ネイビー、内側グレー)

・1000円(千円札×1)

・クレジットカード(Master×1、JCB×1)

・免許証

・保険証

 

みたいなことを用紙に書いて、それを警官の方がPCに転記してくれた。(これってぼくが直接入力するわけにはいかないのかな?)

そしたら警官の方が

「あ、これもう届けられてるっぽいですね」

って言うから「えーっ!」て。

 

なんか遺失物リスト?のデータベースに上がってたらしくて、新井薬師の交番に届けられてるらしい。早っ。

もう夜10時を回ってたけれど、今から行っても返却してもらえるっていうから、自転車かっ飛ばして新井薬師の交番まで行ってきたよね。パスポートを握りしめて。

 

結果的になけなしの千円も含めて、ぜーんぶ手元に返ってきた。万歳。

3度目の正直だね。いい国ニッポン!

 

拾ってくれた人、心配してくれたSくん、警官の方、ありがとね。(了)

夢の中へ

夢の中へ

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鼻クソみたいに個人的な話

「周囲の人間と同じであること」に安心感を覚えるのはよくある話で。

同じであることで得られる安心感は逆に、周囲も同じでありつづけることへの期待感も生み出す。人はそれを「同調圧力」と呼ぶ。

同調圧力

集団において、少数意見を持つ人に対して、周囲の多くの人と同じように考え行動するよう、暗黙のうちに強制すること。

同調圧力(ドウチョウアツリョク)とは - コトバンク


じゃあ「周囲の人間と違うこと」が素晴らしいか、というと、もちろんそんなことはなくて、というかそこは本質ではない。

世の中には逆に周囲の人間と違うことに安心感を覚える人間もいる。

かく言うぼく自身がその傾向があることに、気付いた。

これ認めるのすげぇイヤっていうか、自分のダサい部分のど真ん中だったりするんだけど。

 

大衆に迎合しないことをよしとする姿勢ってロックンロールだなァって自己陶酔しがちだけど、冷静に考えてダサいじゃないですか。

いや別にダサくてもいい。

周囲にダサいって思われたって、それはどうでもいい。

 

周囲の人間と違うことで得られる安心感 ⇔ 周囲の人間と同じであることで得られる安心感

 

真逆に見えるけど根っこは同じだよね。

「他人とくらべてる」っていう時点で。

 

他人とどれだけ違うかを熱弁してる人ってやっぱダサいじゃないですか。

そういうダサさはあんまりいただけないよね。

ていうか全然ロックンロールじゃないよね。へなちょこ

***

なんつーか上に書いたようなことって、常識っていうか、当たり前のことだよなァ。

読んでくれた人の中には「こいつは至極当然のことを何さも真新しい発見かのように書いてるんだ」って思う人もいると思うのね。

まあその通りよね。ぐうの音も出ない。

 

ただ頭ではわかったつもりになっていたことが、自分ごととして腹落ちする瞬間てありません?

・人は皆死ぬ

・お金は大事

・健康第一

この手の普遍的真理ってあまりにも平凡で月並みでバカバカしくて、異論を挟む余地なんてないし、口にするのもしゃらくさいじゃないですか。

それが自分ごととして、表層的知識が実体験とバチコーンと結びついた時

わかったああああああああァァァッ!!!!!!

ってなる。

だから、これすごく個人的なコトなんです。

そんな個人的な体験をおずおずと文章にしてみただけなんだけどさ。(了)

3回のデートより、3人とのデート

相変わらずデート相手はデートアプリで探している。

 

最近ふと気付いた。

ぼくはまあまあ気が合う人と3回デートを重ねるくらいだったら、今まで会ったことがない新しい人3人とデートをしたいと。

 

気分や懐具合によってバラツキはあるけれど、ぼくは月に2〜3人ペースで新しい人とデートをしている。

幸運なことに、基本的にどの人も“いい人”ばかりだし、たのしいデートの時間を過ごすことができている。

が、その関係が続かないんだよね。

いや、正直に書こう。

ぼくは一回会ってバイバイすると、もう一度会う気が一気に目減りしてしまう場合が多い。

相手に何一つ欠点がなくても、どんなにたのしい時間であったとしても。

デートアプリを通じたインスタントな出会いだから、みんな多かれ少なかれそんなもんなのかも知れないけどさー。

 

そんな反省もあって、しばらく前からはデートアプリから直接デート、ではなく、一旦TwitterInstagramなどのSNSに誘導し、そこでお互いの日常を知った上で気が合いそうならデート、という順序を心がけつつある。

これでうまくいくはず!と淡い期待を抱いてたんだけど、最近やっぱり微妙だなと思い始めた。

 

SNSを経由してから実際会ったとしても、二度目会うことがないと相互フォローしあってる分ますます気まずくなるんだよね。

人によるんだろうけど、ぼくはInstagramTwitterも「好き」の純度が高い状態を維持しときたいから、TLに興味ない写真やつぶやきが流れてくるのは正直わずらわしい。

だからといってデート終わって即アンフォローっていうのも人でなし感がすごいから、とりあえずミュートして1週間くらいたったらアンフォローしてるよね。これってサイテー?

 

結局デートアプリっていう(少なくともぼくにとっては)性欲に裏付けされたモチベーションで会うからいけないんだろうな。

「好き」という感情はハートの奥底から湧き出るものなんでしょうけど(そうなのかな?)、まあデートアプリなんてものは脊髄反射っていうかポコチン反射で操作してるようなものじゃないですか?

Tinderの左右スワイプなんてポコチンでやってるよね?いや比喩だけど!

 

しかしTinderのいいところは「マッチ→即会う」とはなりにくいところなんだ。

デートアプリは山ほどあるけれど、位置情報が近い順にかつログイン時間とかまでフィルタリングできるアプリもあるじゃないですか!

あーゆーのはやっぱりポコチン脳で会っちゃいがちになるんですやはり。ばかばか!

その点Tinderは距離範囲は指定できる(ぼくは35kmにしてるよ☆)けど、ログイン時間はわかんないし、マッチしない限りはお互いにメッセージすることはできないから、比較的おだやかな関係構築に期待できる。ていうかぼくはそれを期待してる。

というわけでぼくはここんとこもっぱらTinderユーザーなので、スワイプ画面に登場した折には何卒よろしくお願いします。

マッチしたあかつきには、おだやかなる関係構築を目指します。フクロウカフェとか行こう、とりあえず。(了) 

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自分がコントロールできることは何か

何かと話題のヒカルくんの動画を観た。


嫌われながら好きなことで、生きていく「起業家-ヒカル」

ヒカルくんがこの動画上げるしばらく前に、DJ社長くんも動画上げてたよね。


【好きなことで、生きていく】『レペゼン地球-DJ社長-』

 

どっちもすごくグッときたなあ。

こういう情報をコストをかけずにシェアできるいい時代になったなあと。ありがたい。

 

ヒカルくんが動画の冒頭1:20くらいで

「今起こってる全ての出来事は自分のせいだって思わないとだめなんですよね」

と言っている。

一見理不尽で乱暴な意見に聞こえるかも知れないけれど、ヒカルくんが言いたいのは

自分がコントロールできることとできないことを見極める

ていうことだと思うんだよね。

世の中っていうのは基本的に理不尽な構造である。

その理不尽は社会や他人からもたらされることがほとんどである。

社会や他人(の価値観)はアップデートされていくものではあるが、そのスピードは極めて遅く、かつ自分の思い描いているものになる可能性は低い。

だから自分ができることを見極めて一歩を踏み出すことでしか、本質的な意味でよりよい人生は得られないのではないだろうか。

そんなことを考えさせられだ動画だった。(了)

 

 

ぼくはいい奴なんかじゃなかったんだ。という気付き

社会人になって2年が経った。

この2年間で得られた大きな知見として「ぼくはそんなにいい奴ではない」ということがある。

別に悪い奴っていうわけじゃない。

どっちかっていうといい奴ではあると思う。たぶん。

ただ誰しもに好かれて、というか、誰にも嫌われず「原くんていい奴だよね。彼こそが愛すべき人間だよね」と異口同音に評価される人間ではない。

何をバカなことをと言われるだろうけれど、ぼくは本当にわりと最近まで自分は周囲にそう思われているだろうと無邪気に信じていた。

ただ断っておきたいのは、それだからと言ってぼくは傍若無人な振る舞いをしてたわけじゃない(と思う)。

そうではなく、ただ自分が期待しているほど他人から好かれない自分というギャップに自分なりにひとり傷つき悩んでいた。

 

それはたぶん、ぼくが他人から一目置かれることに慣れすぎていたせいだと思う。

ぼくが生まれ育ったのは決して名家などではなかったが、両親共に東京の大学と専門学校に行っており、長野の片田舎にしては教育に熱心な家庭だった。

塾やピアノや空手教室といった習い事も、お願いすればなんでもやらせてくれたし、近くの美術博物館などで開催されるイベントなどにも親が率先して連れて行ってくれた。

その素養もあってか、ぼくは中学まではろくに勉強しなくても学年成績は上位で、地元ではほぼ唯一の進学校(笑)に入学した。

高校に上がってからはさすがに無勉強だとろくな成績はとれず、中の下くらいの成績だったけれど、生徒会に入って生徒会副会長なんかも務めてなんやかんやがんばってたし、やっぱり一目置かれていた。

 

ぼくはそういう優等生っぽい役割を演じるのにあまりに慣れすぎていたのだと思う。

もちろんどれも自分がやりたくてやったことだし、優等生として見られることを意識して生きてきたわけじゃない。

ただ結果的にであれ、いわゆる優等生コースを歩んでいるうちに、優等生的役割や振る舞いがあまり身に染み付いてしまっていた。

問題はぼくがその役割を演じ切るには物分りが悪いというか、我が強いというか、ひねくれ者であったことで…。

その認識と現実のズレがぼくの悲哀であった。

 

そのズレが最初に露見したのが小6の時に過ごした種子島での一年だった。

ぼくは2003年に「南種子町宇宙留学制度」というのに参加して、小学六年生としての一年間を現地の小学校で過ごした。

住む場所も現地の里親さんに預かってもらってという完全アウェイ生活であった。

種子島での生活は刺激的だったし、内陸県長野県民としては、海にチャリで行けるというだけで大コーフンだったのだが、人間関係についてはなかなかしんどかった。

現地の子たちとケンカばっかりしてたし、疎外感を感じたし、全然しっくりこなかった。

今思えば無理ないなあと思う。

どう考えてもぼくは可愛気の片鱗もないクソガキだったし、それに無自覚であるが故に自由気ままに振る舞うし…。

当時の同級生や先生、里親さんには本当に迷惑をかけたなあ…。

 

とは言え種子島での生活は一年間で終わり、中学校からは居心地のいい長野にまた戻り、高校卒業までをそこで過ごしたわけであります。

 

というわけで第二の壁にぶち当たったのが大学に入ってから。

一年間の浪人生活を終え、ぼくは北海道教育大学函館校という言うまでもなく北海道は函館市にある大学に入学した。

いやー全然うまくいかなかったよね、大学生活。

大学の勉強も全然興味持てなかったし、学生寮とかサークルの人間関係とかもなんかしっくりこないどころか全然友だちできないし。

「なんでぼくはこんな不遇の日々を過ごさなければならないのだろう」と思ってた。

自分自身に問題があると自覚がなくはなかったけど、本質を捉えられてなかった。

「ぼくは他人から好かれて然るべきだ。なぜならいい奴だから」という意識が根底にあった。

 

そんな日々があまりに嫌で嫌で仕方なくて、大学も行かなくなって1年生の後期は20単位履修して8単位しか取れなくてGPAが1.0とか地獄みたいな数字を叩き出したところで、ぼくはここからさっさと逃げようと三年次編入学を決意し、一年後宇都宮大学に編入をした。

編入するにあたっては、必要単位数とGPAが圧倒的に足りておらず、猛勉強の末2年生の前期はGPAを2.9くらいまで上げて「すごいGPAって2.9倍にできるんだね☆」とびっくりしたエピソードとかあるけどそれはまた別の機会に書こう。

 

宇都宮大学では農学部森林科学科というニッチの極みな学科に編入し、なんやかんや楽しくやらせてもらった。

森林科学というとエコでロハスな響きが漂っているけど、現実はチェーンソーでスギやヒノキをぶった切ったり、木材の切片を顕微鏡で観察したり、ダムを造るという仮定のもと切り立つ山肌を測量したり、ニホンジカを追っかけ回したりというなかなかロックンロールな学科だった。

MARCHのシティーボーイ・シティーガールたちが昼休みには近くのカフェでワンプレートの小洒落た料理Instagramに上げている時に、ぼくら林科の学生たちは日光山の山肌で切り株に腰掛け、宿泊所のおばちゃんが作ってくれた豪快な弁当を頬張っていたのだ。

 

まあそれはいい、宇都宮大学は楽しかった。

森林林業という分野自体がおもしろかったこともあるし、ぼくが浪人と編入を経験しているこもあり、関わるのは2、3歳年下の奴らばかりだったから、どこか年上として慕ってくれたのもぼくにとってはやりやすかったのかも知れない。

 

何はともあれ社会人になって、すでに2つの仕事を経験し、3回の引越しをして、そのあたりでやっと「ぼくはそんなにいい奴じゃないんじゃないか」ということに気付き始めた。

気付くにあたって3人、キーとなる人間がいる。

 

一人目がAちゃん

Aちゃんはぼくが大学4年のときにひょんなきっかけで知り合った女の子で、当時はぼくは宇都宮、彼女は東京にいたけれど、ぼくが就職で上京してからはいつも連絡を取り合って、毎週のように会って遊んでいた。

彼女とのエピソードはこと尽きないけれど、いろいろあって一ヶ月だけ、彼女の家に転がり込むように住ませてもらったことがあった。

そのときにだらしないぼくを叱り、ぼくの弱さや嫌なところを忌憚なく指摘してくれた。

今でも頭が上がらない。

 

二人目が弟

Aちゃんの家から一旦シェアハウスに引越し、半年ほどを過ごした後に弟と一緒に住み始めた。

住み始めるまで弟はぼくとすごく似ていると思っていたし、気も合うはずだと思っていた。

住み始めてしばらくして、「あれ、ぼくたち案外似てないな」と気付いた。

もっと言うならば、弟に対して意地悪な気持ちになったり、棘のある言葉を言ってしまったり、自分て嫌な人間だなあと思うことが多々あった。

お互い様の部分はあるし、単なる兄弟喧嘩といえばそこまでなんだけど、それでもぼくは、自分自身にそういう負の側面があることに無自覚だった。

 

三人目が職場の先輩Tさん

Tさんとは一緒にいて本当に気が楽で、話も弾む。

すごくサバサバしてて、思ったことをハッキリ伝えるから最初はキツい人かなという印象があったけれど、そこが好きだったりする。

そしてこの前他の同僚に

「原くんとTさんは歯に衣着せぬ物言いをするから、知らず知らずのうちに敵を作っちゃう人付き合いが下手なところが似てるよね」

という指摘を受けて衝撃を受けた。

え、ぼくがTさんと気が合うのは似てるからなの!?っていう。

Tさんと「それぞれ自分が思うチャームポイントはどこか」という他愛もない話になった際、ぼくは冗談じゃなく「愛嬌」と答えたら真顔で否定されてショックだったんだんだけど、まあ以上のことを総合し考えたらそりゃそうだよね。愛嬌とか、ないよね。

 

まあそんなこんなでやっとぼくは「優等生」とか「いい奴」といった呪縛から解けつつあると感じているのです。

でもね不思議なもので、そうやって思えるようになってから随分と楽になったんだよね。

「どうしてぼくは嫌われるんだろう?」とか「嫌われないためにはどうしたらいいんだろう?」という不安から少なからず開放されたから。

もちろん嫌われるのは悲しいけれど、不完全な人間だもの、仕方がないや、と受け入れられるようになった。

過去の嫌われた思い出がすくい取られ、浄化されていくような気がした。

 

今思えば優等生を気取っていたが、鼻持ちならない嫌な奴な部分も少なからずあっただろう。

ぼくがこれまで出会い、無自覚に嫌な気持ちにさせてしまった人に申し訳ないなあと思うし、逆にこんなぼくに辛抱強く付き合ってくれている親兄弟、数少ない友だちには心から感謝したいなあと思うのです。

 

長くなっちゃったけど、そんな話。(了)

嫌われる勇気

嫌われる勇気