ここからはじまる

何かがはじまる

『期待値』について書く

ぼくは期待値が高い。

自分に対して、あるいは他人に対して。

昔よりは低くなってきたが、まだまだ高いように思う。

 

期待値が高いことによる弊害

《対自分》

  • 失敗に対して「本当はできたはずだったに」という言い訳をしてしまう
  • できなかったことに対して過剰に落ち込む
  • できない自分を取り繕うとする

《対他人》

  • 他人がやってくれたことに対して感謝ができない
  • 他人がやってくれなかったことに腹が立つ

期待値が高いというのは傲慢なのだ。

いち25歳のぺーぺーのチャランポランのぼく(まあ年齢は関係なしに)に、なにができるというのか。

他人は他人なのだ。

タフな世の中を自分で生き抜いていくしかないじゃないか。

ただ淡々として、目の前のものごとに取り組んでいきたい。

そこに期待などはない。

できなくて当たり前なのだから。

やってくれなくて当たり前なのだから。

だからこそ、ぼくができたことは褒めてあげたい。

誰かがやってくれたことには感謝していきたい。

 

信じるものがあるとすれば『可能性』だ。

ぼくの可能性だけは誰にも否定させない。

その可能性を信じ、ただ期待はせずに、日々を生きよう。(了)

***

 

筋トレマシンのおもり問題

ぼくはこの3月からジムに通いはじめた。
三日坊主になるんじゃないかと自分で恐れていたが、なんとか週3くらいのペースでつづけられている。

ジムでトレーニングする中で気になったことがある。
トレーニングマシン使用後のおもりの位置だ。

ジムに一度でも通ったことがある人間であれば容易にイメージできると思うが、筋トレのコーナーは大きくふたつに分けられる。
筋トレマシンのコーナーとフリーウェイトのコーナーだ。

ぼくが今回気になったのはマシンの方。

マシンを使うにあたって、各々の体格に合った位置にレバーやシートをセットする。
おもりもそれぞれの筋力に合わせて適正な重さにセットする。
問題は使用後だ。
レバーやシート、おもりに定位置はあるのだろうか?
マシンのレバーやシートには、往々にして位置をあらわす目盛りがついている。
おもりはピンで固定するタイプが多く、一番軽くすれば2kgくらいにセットできるし、なんならピンを抜いてさえしまえばおもりなしにもできる。
ジムについて書かれたブログ記事やヤフー知恵袋2ちゃんねるのまとめ記事を見ると「マシン使用後はおもりのピンを一番軽いところに戻すか、抜き取っておもりの上に乗せる(=荷重ゼロ)とするのがマナー」という意見が散見される。

しかしその理由がよくわからない。
なぜおもりを軽く(あるいはゼロに)しなければならないのだろうか?
上記サイトなどを見てもイマイチ納得できる理由が見当たらない。
「マナーだから自明で議論の余地がない」という姿勢の意見すらある。

そこで先日、思い切って国内の大手ジム数社にメールおよび電話で問い合わせてみた。
問い合わせ内容は以下のようなものだ。

マシンを使用したあと、おもりをセットする位置の決まりはあるのでしょうか?
またシートの高さやレバーの位置についても、同様に使用後にもどすべき定位置があるようでしたら教えていただきたいです。
またどちらも決まりがあるのであれば、それはマナーレベルのものなのか、あるいは明確にルール化されているものなのか、かつその理由はどういったものなのかも合わせて教えていただければ幸いです。

この内容で、セントラルスポーツコナミスポーツクラブルネサンスゴールドジム、スポーツクラブNAS、エニタイムフィットネス、ティップ.クロス TOKYOに問い合わせをした。
結果、ひとつとしてそういったルールを設けている会社はなかった。
ルール化しているのはマシン使用後に汗を拭き取ることくらい、というのがほとんどの会社からの回答だ。
ここで注意してほしいのは、おもりについてルールがないのはマシンについてのみということだ。
フリーウェイトにかんしては、使用後ダンベルやプレートは元の位置にもどすことが義務付けられている。これもどこの会社も共通したルールだ。
また今回は基本的に本社もしくはその会社の運営するジムの中でも最大規模の店舗に問い合わせを行ったのだが、店舗によってはおもりやレバーなどの定位置をシールやはりがみで指定している場合もある、とのことだった。

というわけで結果としては面白味がないものではあったけれど、個人的にすっきりできたからよしとしたい。
どこか一社くらい理不尽な理由でルール化でもしててくれたら、ツッコミどころがあっておもしろかったに、なんて(笑)
この手の“マナー”って「エスカレーターでは右側をあける」とか「トイレを使用後はトイレットペーパーの先端を三角に折りたたむ」みたいに、根拠や整合性がないにもかかわらず同調圧力的に強制する人がいるからタチが悪いよね。(了)

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SHAKA Neo Bungy Military (LIMITED)を買ったよ

このところ巷で人気のスポーツサンダルを、ついにぼくもゲットした。
買ったのはSHAKAっていうブランド

SHAKA/シャカは1990年代に実在した南アフリカ共和国のサンダルブランドである。南アフリカ国内の自社工場にてハイクオリティーで独創的なデザインのサンダルを製作していた。アフリカの伝統的な柄や色使いを取り入れ、当時のトレンドであったウェビングテープを使用したスポーツサンダルは90年代後半に日本でも多く販売されていた。アウトドアブームも追い風となってブランドとして認知され始めましたが、2000年前半にブランド自体が惜しまれつつ消滅してしまった。消滅後はその形状からフェスやアウトドアシーンで知る人ぞ知る幻のサンダルとしてマニアに支持されていた。そして十数年の時を経て遂にSHAKAが復刻。当時のアーカイブより、SHAKAの特徴であるソールの形状、発色の良いウェビングテープはもちろん、プラスチックパーツやアーチの角度まで忠実に再現する一方、ソールの強度やクッション性、足入れの向上をはかり現代風にアレンジした進化版のSHAKAとなっている。
出典(SHAKA Bluemoon Company ブルームーンカンパニー

のNeo Bungy Militaryっていうモデル。

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(出典:Neo Bungy Military (LIMITED) – 3月発売 Bluemoon Company ブルームーンカンパニー

ただのNeo Bungyじゃなくて限定のMilitaryモデルだよ。
ふつうのNeo Bungyとのちがいをざっくり書くと
 見た目:スポーティーさ↓無骨さ↑
 機能面:耐久性↑
な感じ。素敵です。
先日手元に届いてまだ履く機会はないんだけれど、手にとってにやにやしてる。

ちなみにぼくは普段スニーカーで26.5cmを履いているが、この商品は26cm(サイズ表記:8)がピッタリだった。

実は最初、深く考えずに27cm(サイズ表記:9)を注文した。
が、届いたものを試し履きしてみたところ微妙に大きかった。
アンクルベルトでぎゅっと締めれば履けないこともないけれど、足先が1cm強余ってしまうのがどうしてもみっともなく感じ、交換してもらった。
往復送料が地味にイタかったけど仕方ない。
そのあとサイズについて調べていたらこんなブログ記事を見つけた。

普段スニーカーは26.5cmを履いていますが、シャカのサンダルはUS8(26cm)が丁度いいと思いました。自分の足の形は甲高・幅広なので、横幅はジャストですが、つま先がやや余る感じになりました。でも、ウェビングベルトでサイズ調整すれば、しっかり足にフィットするので問題なく履けそうです。
(出典:シャカのサンダルに限定モデル、ミリタリーが登場!

しかも今回Amazon経由で買ったのだけれど、出品元はこのブログを運営するLea+Rare(レアトレア)さんというセレクトショップだったというオチ。
ちきしょー最初からもっと調べとくんだったぜ…。
靴は言うまでもないけど、サンダルも試着なしで買うのはこういうリスクがともなうよね。
今回ぼくが選んだような、つま先が開いたデザインなら、スニーカーよりちょっと小さいくらいでジャストサイズかもかも知れない。
とはいえぼくの足だと26cmでほんとにジャストだから、この先秋口にソックスを合わせるなら27cmもありだったかな、とうじうじ考えたり。
むずかしいところですな…。(了)

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予備校で知り合ったOくん

ぼくは浪人を経験している。
ど田舎の地元には大手の予備校がなく、高校卒業後の一年間、名古屋の予備校に籍を置いていた。
当然実家から通うのは不可能だったため、予備校生専用の寮に住んでいた。
みんな同じモラトリアムな境遇の仲間同士、それなりにわきあいあいと生活していた。

そんな予備校の寮で知り合った友だちのひとりにOくんがいる。
Oくんの第一印象は大人しくて真面目そうなやつ、くらいだった。

さて浪人生というのは大きく3つのグループに分類される。
①モラトリアムな一年間をいっそのこと目一杯楽しもうぜ組
②高校生活ダラダラ勉強しなかったせいで浪人したけど、やっぱりイマイチ勉強に身が入らない組
③浪人した悔しさをバネにモウレツに勉強する組

ぼくの肌感覚の比率はとしては
①:②:③=1:5:4
というところだ。
①は少数だが徒党を組んで行動するので、目立つ。
基本的にわいわいしているので煙たがられていた。
深夜にさわぎすぎて寮を退寮させられた人もいたし、予備校でも悪目立ちしていたらしく、2ちゃんねるでもやたらと叩かれていた(笑)
正直いってぼくは②だ。
やらなければと思いつつ、結局勉強に全力投球できたかというと、できなかった。
そしてOくんは典型的な③に属する人間だった。

彼は聞くところによると中高ほとんど学校に行っていなかったらしい。
というか高校には進学すらしなかったとのこと。
そもそもは中学受験に失敗したのがきっかけだった、というようなことを言っていた。
中高時代一応予備校にも籍を置いていたが、ほとんど出席しておらず「当時の自分はいわゆる“ひきこもり”だった」と苦笑していた。
そうは言うものの身内に医者がいるらしく「自分もいつかは医者になりたい」というのが彼が幼少期から一貫していだいている夢だった。
そこで大検をとってセンター試験に挑んだものの、結果はさんざんで、五割にやっととどく程度の点数だったようだ。
これが現役時代(高校に行っていないので“現役”という呼称が正しいのかわからないが)の話である。

予備校に入ってからのOくんは本当にすごかった(というか予備校に入ってからのOくんしかぼくは知らないのだけれど)。
文字通り、寝食を忘れるようにして勉強していた。
いつも目の下にクマがあったし、こう言っちゃなんだかあまり健康そうにはみえなかったが、なにかに取り憑かれたかのように勉強していた。
机の上のテキストとノート以外はほとんど目に映っていなかったんじゃないかと思う。
おかげで部屋は恐ろしいまでの散らかりようだったらしい。
(彼は他人を部屋に入れるのを極端に嫌がったので、ぼくはついぞその部屋の惨状をこの目で見ることができなかった)
なにはともあれ彼の成績は右肩上がりだった。

そしてついに本番。
彼はセンター試験で9割超えの高得点をマークし、二次試験も難なく突破し、某国立大の医学部に余裕の合格をとげた。
ちなみに早稲田と慶応それぞれの法学部のセンター利用入試(当時は慶応もセンター試験を利用していたのです)にもパスしていた。(彼いわく“記念受験”だったらしい)
田舎の高校出身とはいえ、周囲にはぼくが足元にも及ばない優秀なやつらはいっぱいいた。
だがしかしここまでバケモノのような能力を持った人間がいるのかと、唖然とした体験であった。

それぞれ大学に進学して以来、会うことはおろか連絡すらほとんどとっていなかったのだが、就職してしばらくしてからふと彼のことを思い出し、連絡をしてみた。
すると彼はまだ医学生だが、ひょんなきっかけで東京に用事があるらしく会えることになった。
居酒屋で5年ぶり再開を果たしたわけだが、彼は(たぶんぼくも)ちっとも変わっておらず、すごくなつかしかった。
当時の思い出話をふり返りながら「Oくんほどの天才肌の人間には未だに出会ったことがない」という話をすると、彼は照れくさそうにしていた。
彼は他人にはなかなか想像もつかないようなドン底を経験し、それを乗り越えたのだ。
きっと素敵なお医者さんになるだろう。(了)

***

アムウェイに勧誘された話

ぼくは大学を途中で変えている。
いわゆる「編入学」というやつだ。
もともとは北海道の大学に行っていたが、途中で栃木の大学に編入した。
これは栃木の大学に編入してから1年ほど経ったとき話だ。

ある日Facebookメッセンジャーに、なつかしい先輩から連絡があった。
彼の名を仮にTとしよう。
T先輩は北海道の大学時代の知り合いだ。
通っている大学はちがったが、インカレかなにかを通じて知り合った。
その後T先輩の紹介でアルバイトをはじめたこともあり、大学の悩みや将来の夢などを相談する仲となった。
「頼れる先輩」というやつだ。
ぼくが北海道の大学を去ると時を同じくして彼は大学を卒業し、道内ではそこそこ名の知れた企業に就職した。

メッセンジャーでのやりとりは

T先輩「久しぶり!元気してる?」
ぼく「元気ですよー!そちらは?」
T先輩「元気にしてるよ。ところで近々所用で東京行くんだけど、飯でもどう?ガクって今栃木だよな?」
ぼく「めちゃくちゃ近いわけじゃないですけど、電車で一本で行けますし、ぜひお会いしたいです!」

…のような当たり障りのないものだったと記憶している。
ひと月ほどやりとりをつづけ、ついに当日となった。
ぼくはアルバイトの休みをとり、電車に2時間ほど揺られ、渋谷の某カフェでT先輩と久々の再開を果たした。
近況報告からはじまり、大学時代、アルバイト時代の思い出を語り合って、これからもお互いがんばろう、なんてはげましあう…そんな流れをどこかで期待していた。
しかしT先輩が会って早々、挨拶もそこそこに話しはじめたのは彼の「飲食店経営の夢」についてだった。
札幌のこのあたりにこんな飲食店を出したい…既存店舗との差別化は◯◯で、強みはこれこれ…東京オリンピックに向けて外国人観光客をターゲットに云々…減価償却は云々…。
この時点でぼくは違和感を覚えた。
せっかく数年ぶりに再開を果たしたわけだ。
しかも東京というお互いの住む場所から遠く離れた地でわざわざ時間をとって。
「だからこそ思い出話だけで貴重な時間を消耗したくない」
T先輩にはそういう思いがあったのかも知れないし、その意見にもうなずける。
とはいえ、だ。
突然呼び出しておいての一方的な自分語り、相手の温度感を察しとろうともしない彼の姿勢には閉口した。
そしてほぼ一方的なドリームトークが終わり、ひとまずカフェを出ることになった。

正直に言おう。
ぼくはT先輩がごちそうしてくれることを期待していた。
浅ましいことだとはわかっている。
が、しかしだ。
彼はいくら北海道から出てきたとはいえ、社会人である。
今回会うにあたって声をかけたのは彼だ。
ぼくはしがないイチ学生であり、それも東京まで往復3千円以上の交通費を支払い、バイトの休みをとって出てきている。
料理だけみたらコスパの悪いだろう小洒落たカフェでランチをとったとはいえ、合計金額は3千円前後だったと記憶している。
レジでT先輩は
「端数はオレが払うよ」
そう言った。
端数…。彼の言う端数とは割り勘したときの百の位から下の数字だった。
いささか唖然としながら1,500円を手渡した。

もしこれが
「すまん、社会人一年目で余裕ないし、今回の旅費でカツカツなんだ。割り勘でいいか?」
だったらぼくはよろこんで支払っていた。
だが実際の彼の言葉「端数はオレが払うよ」に垣間見えた、なけなしのプライドにゲンナリしてしまったのだ。
いやあるいはこれはぼくが意地悪な見方をしすぎているのかもしれない。
だがいずれにしろ、「端数はオレが払うよ」と言うT先輩の顔は、3分前にビッグドリームをうそぶいていたそれとは思えないくらい、情けなく見えた。

カフェを出たぼくは渋谷某所にある、知る人ぞ知るアムウェイグッズ専門店に連れて行かれ、そこでやっと今回の誘いの目的に気づくこととなる。
よく聞くところによると、今回東京に来たのも、アムウェイの集会に出席するためらしい。
北海道の友だちにとアムウェイグッズを買い込む先輩の背中を見ながら、ぼくはきびすを返してさっさと帰りたい気持ちでいっぱいだった。
とはいえ今更帰るわけにもいかず、その後近くの北海道居酒屋に連れて行かれ、ひと通りのアムウェイトークを展開されたのであった。

「オレも最初はアムウェイが大嫌いだった、最初に勧誘してきた友だちとは一時絶縁状態にまでなったけど、紆余曲折を経てアムウェイの魅力に気付かされたんだよ…怪しいかもだけどモノは本当にいい…云々…」

そしてその挙句に言われたのが以下のようなことだ。

「今回いきなりこんな話をされてびっくりしてると思う。でも実は今回はガクをアムウェイに勧誘しにきたわけじゃないんだ。なぜならガクはまだ学生だから。お金も余裕ないだろ?ただ、社会に出るとこういうことっていっぱいあるんだ。
アムウェイだけじゃない、健康グッズを取り扱ってる◯◯だとか、保険の△△、ジュエリー販売の✕✕だとか、いーっぱい似たような商法があってむちゃくちゃ勧誘される。社会人になって一発目でそんな洗礼を受けるとびっくりして変なのにハマっちゃうこともあるし、あたふたしちゃう場合がある。だから今回ガクには免疫をつける意味で、アムウェイの話をしたかったんだ」

そのとき言えなかったセリフを今ここに記そう。

大きなお世話だボケ

そして居酒屋の会計でももちろん
「端数はオレが払うよ」
だ。
もうぼくはただただ情けないし悲しかった。
ビッグドリームを語るのもいい。
後輩に説教垂れるのもいい。先輩特権だ。
だったら最後までそのカッコイイ姿を貫きやがれ。
尊敬すらしていた先輩のこんな姿を見たくなかった。
その日はそこで別れた。

その数日後に不労所得だか権利収入だかを描いたアニメーションのURLが送られてきた。


パブロとブルーノ
それを最後にぼくはT先輩のSNSなどをすべてブロックしてしまったから、それっきりである。
今どこでなにをしているのか知るよしもない。知りたくもない。

 

なぜ突然こんなことを書いたのかというと、全く別の、数年来の仲良しの友だちがアムウェイにはまっているようで、とうとうぼくにも勧誘じみたメールが届いたからだ。

ぼくはアムウェイが悪だとは思わない。
膨大な会員を抱え、儲かってる人も存在するのだ。
確かな魅力と品質をともなったコンテンツがあるのだろう。
だがしかし、いくらモノがよかれど、世間一般で怪しまれてるブランドに手を出すというのはそれ相応のリスクをともなうのだ。
そしておかげなことに、あえてリスクをとらずとも(アムウェイに頼らずとも)、いいモノが手に入る世の中になった。
普通よりちょっとばかし丁寧なリサーチと(アムウェイ以外で)信頼できる人脈があればなおのことだ。

また、アムウェイで一山当てようとしている人もまだまだいると思う。
アムウェイを通じて億万長者になれる可能性はゼロではないはずだ。
だがしかし、アムウェイで成功できる人はどこにいたって成功できる人じゃないだろうか。
これはなにもアムウェイをよいしょする意図があっての発言ではない。
世間的に「アムウェイ=うさんくさい」というイメージが定着し、会員数が頭打ち(というか減少)となっている現在、この逆境に飛び込んで売上を上げられる人間は絶対にタダモノではない。
生半可な根性と営業力では務まらないはずだ。
ぼくが「どこでも通用し得る人材」というのはそういう意味だ。


で、あるならば、もしこのぼくが一山当てたい(当てるポテンシャルがある)人間だとしたら、あえてアムウェイは選ばない。
アムウェイという既存の枠組み、しかも恐ろしく洗練されて、水も漏らさぬように緻密に計算しつくされた組織に飛び込んで上を目指すことに魅力を感じない。
全然、わくわくしないだよな。
もちろんそういうのが性に合っている人もいるだろう。
でもぼくは違う。
頭の回転が格別いいわけじゃないし、ギフテッドな能力があるわけでもない。
けれど時に他人に頼りつつも、身一つ、裸一貫で、なにもないようなところになにかを作り上げていくのがぼくの性に合っている。
泥臭くてダサくてみっともないけど、そっちの世界で生きていくほうが、3千倍わくわくする。

アムウェイが日本で根強く残っているのって、日本の偏差値教育が背景にあるんじゃないかな。
《東大をトップとするピラミッド構造》と《お抱えのディストリビューターが多いほど上位にいけ、栄誉を手に入れられるアムウェイのピラミッド構造》
どこかダブって見える。
わかりやすくて比べやすくて容易く他人にマウント、ポジショニングがとれる世界。
ぼくはそういう世界がどうしてもしっくりこなくて、わりと早い段階で背を向けた人間だ。
今更同じような枠組みに自分の身を投じようなんて、まっぴらごめんだね。

だからぼくは、アムウェイをジャッジはしない。でもぼくは、選ばない。(了)

***